妹は心にいて、ともに歩んでいる

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bcb3cec0d71648345803dbcdcf1ed974 僕は小学校の高学年の時に妹を亡くした。
妹は2歳だった。まだ片言の言葉しかしゃべれなかった。
その時の僕にとっては、妹はまるでかわいいペットのような存在だった。

妹は僕と同じ喘息持ちだった。
発作が起きたのは運が悪く休日だった。
両親が妹を救急病院に連れていくために家を出たときは、
そんなに深刻だった記憶がない。

ただ、家に戻ってきた時に、父の親の腕に抱かれた妹の姿に
1つ違和感があったのが、褪せない写真のように記憶に残る。
鼻の穴にガーゼが押し込まれた状態で眠るように亡くなっていた。
その時は、あまり悲しくなかった。
死んだということがよくわからなかった。
両親も泣いてはいなかった。

葬式が終わり、妹の最後の様子を両親から落ち着いて聞く頃に
腹立たしいほどの悲しみがやってきた。
自分のことも、救急病院の医師のことも、神様や仏様の事も恨んだ。

仏壇の前で長い間座ったと思う。
仏前の妹の写真ははっきりとした笑顔ではないが、
優しい笑顔の写真だ。
それを見ながら長い間、妹はどれだけ苦しかったのか、
あの幼い身で死を迎え入れた恐怖はいかほどのものだったのか。
自分も同じ苦しみ、恐怖を味わって、それを理解してあげたかった。
でも、わからなかった。怒りや悲しみを忘れてはいけないと思った。
忘れそうになる自分を責め続けた。

その間もずーっと、ずーっと、そこにあるのは、
仏前の妹の優しい笑顔の写真だった。

それを長い間見ていたら、こう思うようになった。
妹は何の罪も犯さずに、天へ上った。
だから、神様も仏様も、妹をとてもかわいがってくれているのではないか。
だから妹の写真は優しい微笑みとなっているのではないかと。

そう思ったら、少し、救われた。

心の中で妹に語った。
「もし、生に未練があるのなら、僕の生の半分をあげる」と。

その時から、僕の人生の半分は妹のものだと信じて生きている。
だから、妹に誓って、人生を歩まねばならない。
妹が悲しむような人の道にそれた生き方はできない。

妹が生きていたら、味わいたかった幸せを、私は感じなければならない。

mystery-manどんちゃん

2015.04.08

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